【ワシントン=河浪武史、北京=原田逸策】米中貿易戦争に歯止めが掛かっていない。トランプ米政権が1日、1100億ドル(約12兆円)分の中国製品を対象に制裁関税第4弾を発動すると、中国も即座に米製品に追加関税を課した。報復の連鎖が続き、米中経済は一段の下押しが避けられない。両国の対立は通貨安競争にまで発展する。貿易戦争は少なくとも2020年の米大統領選まで長期化するとの悲観論も台頭してきた。
トランプ氏は8月26日、フランスで開いた主要7カ国首脳会議(G7サミット)の会場で「中国と交渉を近く再開する。中国は取引を望んでいる」と記者団に主張した。対中関税引き上げの延期について問われると「あらゆる可能性がある」と含みも持たせた。しかし、その後も米中は急転直下で接近することはなく、1日に予定通り関税第4弾を発動した。
米国が18年7月に仕掛けた貿易戦争は、追加関税を課す中国製品の規模が第1~3弾の2500億ドルから計3600億ドルへ拡大する。12月にはさらにノートパソコンなど1600億ドル分を対象に加える計画で、追加関税は中国以外からの調達が難しい希土類(レアアース)などを除いてほぼ全ての中国製品に広がる。
第4弾の発動で、9月に予定していた米中の閣僚級協議が再びキャンセルになる可能性がある。中国側は交渉団を率いる劉鶴副首相が「貿易戦争のエスカレートには断固反対する。冷静な態度で交渉と協力を通じて問題を解決したい」と米国の関税第4弾の発動をけん制してきた。米国は関税第4弾の税率を当初計画の10%から15%に引き上げており、中国の反発は極めて強い。
18年12月の首脳会談で米中は90日間の短期交渉で貿易問題を解決すると決め、閣僚級協議を重ねた。19年5月には知的財産権の保護や技術移転の強要禁止などで折り合いつつあったが、米政権は制裁関税の全面撤回を拒み、中国も土壇場で2国間合意を白紙に戻した。6月末の大阪での米中首脳会談では交渉再開で折り合ったものの、両国の協議はその後、めぼしい進展は全くない。
トランプ氏は中国側が求めた同国通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)の制裁緩和に応じず、中国も米国産農産物の購入拡大をストップしたままだ。「習近平(シー・ジンピン)指導部は持久戦を決め込んだ。20年の米大統領選まで動かない」(米中交渉筋)との悲観論も強まる。
20年の大統領選では民主党から出馬するバイデン前副大統領が「中国は悪いやつらではない」と発言するなど、トランプ氏の関税政策に一定の距離を置く。膠着状態にいら立ちを強めるトランプ氏は「中国は大統領選でバイデン氏に勝たせたいからだ」と習体制への不信感を募らせる。中国も交渉態度を二転三転させるトランプ政権への不信感は強まるばかりだ。
出口の見えない貿易戦争は米中経済をむしばみ始めた。中国経済は4~6月の実質成長率が6.2%となり、統計を遡れる1992年以降で最低だった。追加関税で下押し圧力はさらに強まっており、7~9月は6%を割り込む可能性もある。
米景気も下振れが避けられない。中国は米国産の農畜産品の購入を大幅に減らしており、18年の米農畜産品の対中輸出量は前年比53%も減った。19年1~6月期も前年同期比20%減と下げ止まらない。大豆やトウモロコシなど対中輸出品の産地は、トランプ氏を大統領選で支えた中西部だ。
両国の対立は通貨摩擦にまで発展しつつある。中国は資本流出のリスクがある人民元安を食い止め続けてきたが、8月26日には11年半ぶりの元安・ドル高水準となった。人民元安が続けば米国の関税で苦しむ輸出企業を下支えできる。米国は人民元安に耐えかねて8月初旬に中国を25年ぶりに「為替操作国」に指定。トランプ氏は対抗策として米連邦準備理事会(FRB)に利下げを促し、強いドルから安いドルを求め始めた。
米国が保身に走ってドル安誘導を強めれば世界経済は大きく揺らぐ。1971年、ニクソン政権は10%の輸入課徴金を突如導入して貿易制限に乗り出すとともに、金とドルの交換を一時停止。戦後の固定相場を維持したブレトン・ウッズ体制は解体を余儀なくされた。米中の貿易戦争が通貨戦争に進展すれば、国際通貨体制そのものをきしませるリスクがある。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49270710R30C19A8000000/
2019-09-01 06:00:00Z
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